んでも、その六秒さえ乗り切れば理性を持って怒りを押さえ込む事が出来るとか。口周りのトマトソースを紙ナプキンで乱雑に拭き取るたまもを尻目にダージリン紅茶を口に含み其の味わいを噛み締めると、六秒という時間は思い

の外容易にやり過ごす事が出来た。それが功を奏したのか否かは凡庸の学生たる俺には計り知れないところであるのだが、少なくとも感情に流され我を失わずに済んだのは確かであった。
 それでも腹の底に燃え広がった怒りが完全に鎮火したわけではない。話が違うと抗議する俺の言葉の節々には鋭利な刃物のような角が立っていた。
「まあ、落ち着け。話はまだ終わっておらぬ」
 たまもは穏やかな笑みを浮かべて窘めるようにそう言った。それは本来ならば整った顔立ちと相まって俺を鎮静するのに絶大な癒し効果を発揮したのかもしれない。しかしながら如何せん先にも述べた通り、口の周りをナポリタ

ンのトマトソースでぎっとりとテカらせており、その上膨れた腹を労りたいのか、大股開きで椅子の背もたれに体を預けながらの事であった為、癒やしではなく逆撫でにしかなっていなかったというのが実情である。当然ながら説

得力にも欠けるその言葉に、俺の血圧なくされていた。
 それでも人には何事に対しても耐性と言うものが備わっているらしく、どうにか話の席に着く程度には気持ちを抑えられた俺。そのまま経緯を見守る事にすると、たまもは備え付けの紙ナプキンをさっと手に取り口の周りを乱暴

に拭き回してから言った。
「そもそも『呪い』というのは、《かける》よりも《解く》方が難しいのじゃよ。如何に白面金毛九尾たる妾と言えど、そう安々と他者の施した呪いを解く事など出来ぬのじゃ」
「……そういうもんですか」
 俺は不満げにそう返した。呪いに関する知識のない俺である。そう言われてしまっては受け入れる他ないわけだが、だからと言って報酬を支払った後に無理だと言われたことに対する納得とは成り得ないのだ。
 そんな俺のつれない態度を特に気にすることも無く、たまもは更に説明を続けた。
「呪いというのは術式と呼ばれる妖力だったり霊力を特定の作用を齎すように組み上げられたプログラムの一種じゃ。組み上げるのも当然ながら力量を求められるのじゃが、一度組み上げられた術式をなかった事にするのはさらな

る力量を求められるのじゃ。妖力、霊力は使い方によっては奇跡に等しい事象を起こすことも可能な力。術式とはそんな力が複雑に干渉しあい保たれておる状態じゃから、下手に弄ってそのバランスを崩しでもしたら何が起こるか

分からん冷氣機推介。つまり解除する場合は適切に処置せねば危険というわけよ。故に術式解除(それ)は組み上げる事よりも難しくなるのじゃ」
「積み上げられた積み木を倒壊させずに解体するのは積み上げる時より難しい、みたいな感じですか?」
「まあ、そんなところかのぉ。加えていうなら今回は見ず知らずの輩が組んだ術式じゃ。解除となれば、製作者の癖や性格も分からんノーヒント状態でプログラム構成を読み解くところから始めなけりゃならんわけじゃから、一層

難易度が高いと言える。その意味では立体パズルを倒壊させずに解体すると言った方が正しいかも知れぬな」